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金剛 利隆 氏 書籍『創業一四〇〇年~世界最古の会社に受け継がれる一六の教え』(ダイヤモンド社 刊)より

このウェブサイトにおけるページは、書籍『創業一四〇〇年~世界最古の会社に受け継がれる一六の教え』(金剛 利隆 著、ダイヤモンド社 刊)を読んで良かったこと、共感したこと、気づいたこと、こんな視点もあるといった点などを取り上げ紹介しています。


・クギを使わない工法が宮大工の特徴。


・金剛組は、聖徳太子より建立を命じられた金剛重光の祖として、西暦五七八年、飛鳥時代に創業しました。以来、社寺建築を業とする宮大工の集団として、また昭和三〇年からは、専属宮大工に支えられる建設会社として歩みを進めてきました。


・生き残るために大切な二つのこと(中略)

確かな技術を持つ人材を育てること。後継者は、血縁以上に能力で選ぶこと。(中略)

さらに、会社が生き残るために大切なもう一つのこと。それは、原点を忘れないことです。


・日本はもともと、世界でも類を見ないほど、長寿企業が多い国です。創業から一〇〇年を超える企業は数えきれません。一〇〇〇年を超える企業もいくつか現存していて、金剛組もその一つです。


・熟練した職人の手で削られたカンナクズは、まるで上質な和紙のように薄く、向こう側が透けて見えるものもあります。削られた木材の断面には光沢があり、機械では絶対に生み出せない独特の“味“を感じずにはいられません。


・伝統を守ることはすなわち、それを次世代に伝えられる人間を育てることです。(中略)

これこそが、一四〇〇年以上続けられてきた1つの理由だと思います。


・「なんでできんかったんや?」
自問する機会が与えられると、そこには工夫が生まれます。できないことに気づき、できるように努力するしかないからです。


・研ぎ物と「カンナ」「ノコギリ」がある程度できるようになると、ようやく自分で建物をこしらえる段階を迎えます。たったそれだけのことかと思われるかもしれませんが、通常、ここまで来るのに約一〇年の道のりです。


・木材が持っているクセを活かす。それこそが、機械にはできない宮大工の仕事であり、彼らの腕の見せ所


・柱の中には一本一〇〇万円以上のものもあります。そして、弟子が加工に失敗したら、その分の木材費はすべて棟梁の自腹で買い直さなければいけません。また、木材費だけではなく、弟子が失敗した際の全責任は棟梁が負います。


・肝心なことを教えるときほど、わざと間違いをさせるという者もいます。それは、若いときにたくさん間違い、失敗しながら経験を積んだ職人は、良い仕事をし、良き人を育てるからです。


・優秀な宮大工は、失敗したときこそ弟子に寄り添い、一緒に解決法を考えてやります。普段は手を貸すことがありませんが、こういうときはともに作業してやることもあります。


・豊臣秀吉が全国統一を果たしたのちの一五九七年(慶長二年)、秀吉の命によって勝鬘院(しょうまんいん)多宝塔は見事に再建を迎えることとなります。

この多宝塔の再建に携わったのが金剛組です。この事実は、雷徐けの銅板に「総棟梁金剛匠」と記録されていることからわかりました。


・血縁を最優先とするのではなく、人の上に立つだけの実力と器を持ち合わせているのかで判断する。これは、現存する世界最古の企業と言われる長寿を保てた理由の一つです。

なかでも、後継者選びに多くの苦労を伴った第三二世四天王寺正大工職の金剛善定の時代には、その掟が厳しく実行されています。


・中庸の精神。常に偏らないでいることほど難しいものはありません。

まして、成功するなかでは、どうしても欲が生まれるものです。金剛組の暖簾を後世に引き継ぐために、第三二世はそれを戒めたかったのではないでしょうか。


・老舗とは「為似せ(しにせ)」です。つまり、先祖伝来の教えを継ぎ、守勢に徹することを意味しています。


・第三二世が残した遺言はとても基本的なことばかりです。しかし、当たり前のことほど忘れてしまう。それは、私自身の経験から身に染みて感じた教訓でもあります。


・原点に立ち戻ること


・経営悪化の原因は不得手な事業に手を出したこと


・「世界最古の会社、倒産」
二〇〇六年(平成一八年)、こうした報道が新聞各紙を賑わせました。(中略)

金剛組にこうした事態を招いてしまった大きな理由の一つは、不得手な分野に手を出してしまったからだと考えています。(中略)

防災の需要が高まったことで社寺建築にもコンクリートの導入が求められ、金剛組も近代化を進めていたことはすでにお話しした通りです。そのため、金剛組が引き受ける仕事も少しずつコンクリートの比率が高まっていきました。(中略)

また、一九九七年からは、金剛組でも老人ホームの仕事を請け負い始めました。それまでに培ったコンクリートの技術を生かせる現場ではあり、いまでも「金剛組にやってもらってよかった」と言ってくれる方もいます。

しかし、一般建築の競合は大手の建設会社です。同じ条件で、どれだけ安くできるのかが求められました。どれほど技術に自信があっても、仕入れや工事費の価格競争では大手にどうしても勝つことができません。


・金剛組と高松建設は、どちらもりそな銀行と取引していました。(中略)

金剛組の経営が悪いという話をした高松孝育(たかやす)会長(当時)は、最初に話を聞いた時から金剛組のことを心配してくれていたそうです。
「金剛組は大丈夫か?」
そう何度も気にかけてくれていたといいます。
銀行は、金剛組の経営が傾くと同時に、何とかしようと色々の会社に支援の声をかけてくれたようです。(中略)

二〇〇五年の八月、いよいよ後がなくなりそうになったとき、「ここが最後だ」と銀行が声をかけたのが高松建設でした。

「金剛組はもうどうにもなりません。高松さん、何とかなりませんか?」(中略)

しかし、それを聞いた会長こう言ってくれました。「なんでもっと早く言ってくれんのや !金剛組を潰したら、大阪の恥や!」

古いものは、一度なくなってしまうと二度と元に戻すことはできない。そうなれば、積み重ねてきた人も技術もなくなってしまう。商人の街、大阪の上場企業として、それを座して見逃すようなことがあってはならない。それは恥ずべきことである。

そう考えてくれた高松会長はすぐに動き出してくれました。


・建設業界には、「入札」と「特命」があります。「入札」とは、数社が集まって最も価格の安い業者が指名される制度です。とにかく値段が安いことが条件になります。

一方、「特命」とは、最初から「御社でお願いします」とお客さんに指名されて、仕事を任せていただくことを言います。それは、実績と信頼関係がなければできない仕事の方法です。


・債権には公的債権と私的債権があります。公的債権とは、裁判所が間に入ることです。債権の削減も一律に指示され、毎年いくら返金すべきなのかといったことも明確に定められます。そして、その事実は謄本の末尾に記録されてしっかりと残ります。

これに対して、私的債権であれば記憶には残りません。


・債務を一つにまとめるためにどうしても別会社をつくる必要がありました。ただ、通常の方法で対応してしまうと破産させなければなりません。

そこで、少し特殊な方法を採用することになりました。これが結果として、金剛組破産という誤解につながってしまったのです。


・宮大工の誰一人として辞めていく者はいませんでした。本当に一人も辞めなかったのです。


・なぜ、経営悪化を招いてしまったのか。不得手な仕事に手を出してしまったこと。これが金剛組の経営を悪化させる大きな要因となったことは紛れもない事実です。(中略)

宮大工なくして金剛組はない。社寺建築こそ金剛組の原点である。


・幼稚園や庫裡のように、神寺仏閣に付属するものだけは請け負っています。それは、社寺の運営には欠かせない建物であり、金剛組の経験が活かされるものであるからです。


・たとえば、ご住職の呼び名にしても「院主さん」や「方丈さん」と様々で、奥さんのことも「坊守さん」「裏方さん」と呼んだり、宗派や寺社によって違っています。

勉強し、専門知識を身につけている営業なのかどうか。お寺に入ったときの立ち居振る舞いから見られていると言っていいでしょう。


・時代に合わせて変えるべきことは何か。絶対に変えてはいけないことは何か。それを見極めながら前に進んでいかなければなりません。それは、会社が生き残るための本質でもあると実感します。

そして、そうした大切な考え方を受け継ぐ人間に次を託すことまでが、本来は経営者の役割なのだと思います。これも私自身ができなかったことです。


●書籍『創業一四〇〇年~世界最古の会社に受け継がれる一六の教え』より
金剛 利隆 (著)
出版社: ダイヤモンド社 (2013年11月初版)
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