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落合 陽一 氏 書籍『魔法の世紀』(PLANETS 刊)より

このウェブサイトにおけるページは、書籍『魔法の世紀』(落合 陽一 著、PLANETS 刊)を読んで良かったこと、共感したこと、気づいたこと、こんな視点もあるといった点などを取り上げ紹介しています。


・両親は、僕が生まれたときに、電気の「+」と「−」から「陽一」という名前をつけたそうです。その影響からか、子供の頃から理科が好きで、一人で行う簡単な実験に没頭したり、大学の研究室に遊びに行ったりしながら育ってきたのですが、その一方でアートにも強く惹かれ、学生の頃からメディアアートの分野で作品を発表してきました。現在での僕は筑波大学に所属する研究者であると同時に、メディアアートアーティストとしても活動しています。


・我々の生活とコンピュータの関わりを考えるときに、二つの欠かすことができない重要な出来事があります。一つは、ゼロックス・パロアルト研究所での1973年の「Alto」の発明(暫定Dynabook構想」、もう一つは1984年のマッキントッシュの発売です。


・スマートフォンを使って何をするかを考えても仕方ないのです。それよりも重要なのは、コンピュータとはいかなるものかという本質を考えて、私たちの身の回りの生活や体験がそれによってどう変革されるのかを思考することです。


・シャノンとは、標本化定理や暗号理論、情報理論、デジタル回路の研究などで世界一有名な情報学者です。


・アイバン・サザランド(中略)

現代のデジタル回路はなす「デジタル論理回路」の基礎を築きました。サザランドは、現代の「情報」という概念を作り上げた人物から、直接指導を受けているのです。


・ 1975年(中略)当時のユタ大学でサザンランドが指導に関わった学生たちからは、アプリケーションユースの歴史に名を残した人々が何人も登場しました。

その中でも、Netscape創業者のジェームズ・クラーク、“パソコンの父「“アラン・ケイ、Adobe創業者のジョン・ワーノック、Pixar創業者のエド・キャットムルの4人は代表格と言えるでしょう。(中略)

ジョン・ワーノックについては、他の3人に比べると知名度は低いでしょう。しかし、皆さんの最も身近なところで活躍している人物です。というのも、彼はプリンターの印刷で使われるページ記述言語PostScript の発明者であり、あのIllustrator 、Photoshop、PDFリーダー、Flashなどの製品を生み出している、Adobeの創業者なのです。


・人がコンピュータのペットのようになる未来


・最も有名な人物が、「メディアアートの父」と呼ばれるナム・ジョン・パイクです。


・Appleの目指すコンピュータはどんなものかと聞かれたスティーブ・ジョブズは、「人にとっての自転車のようなものを目指した、速く走れたり遠くに行けたりするための道具」と回答しています。人間の身体的特徴や知的能力、表現の自由をいかに拡張していくかーーーこれこそがパーソナルコンピュータの開発者たちの思想なのです。


・ジョブズの死後に発売されたApple Watchによって明らかになったのは、Appleがテクノロジーによる人間のエンパワーメントを諦めて、ブランド戦略に向かったということです。


・例えば、最近Google Scholarで検索すると、「あなたが興味ありそうな論文」をGoogleのエンジンが見つけてくれきてくれます。しかも、よく読んでみると、自分が次にやろうと思っていた研究のネタが書いてあったりします。(中略)

そうなると、よく言われる「人工知能の時代に人間に求められるのは、問題を設定する能力だ」といった言説が、本当なのか疑わしくなってきます。僕は、問題の設定から解決まで、コンピュータが一貫して手伝ってくれる世界が訪れる可能性が高いと考えています。(中略)

ただ、コンピュータになくて人間にあるものが一つだけあります。それは「やる気」です。「意思」や「モチベーション」と言い換えてもいいでしょう。問題と結果があっても、そこからどれをどう選ぶかのモチベーションを与えるのは結局のところ、人間でしかない。


・「魔法の世紀」においてエクスペリエンスとは、一つの重要なキーワードです。エクスペリエンスドリブンの製品は、単に体験を生み出す装置という意味にとどまらず、コンピュータのサポートによる表層と深層の一致の中で、生活や社会の中にある問題を解決していくための装置にもなっていくはずです。


・現存するメディアで最も古いものは、壁画と彫刻と言われているそうです。両者の最も古いものはだいたい同じくらいの時期、今から約3万2千年前に登場しています


・実は、LEDや液晶のような光の表現では、赤・緑・青は非常にキレイに出ますが、印刷では混色してしまいきれいに色を表現できません(本当に赤や青を印刷したい場合は、「特色」と言われる特別な印刷をします)。

これは、アナログにおける色の表現が「減色混合」と呼ばれる手法であり、デジタルのおける色の表現が「加色混合」であることによります。(中略)

例えば、かつて細いフォントは視認性が悪いと批判されていましたが、ディスプレイが高繊細になるにつれて、そうしたフォントは軽くて美しいとされるようになりました。(中略)

こういう話からもわかるように、実は人間の美意識は、技術的な制約条件によって規定されていて、メディアの変化が我々の感性をアップデートしていくのです。


・例えば、米国防総省高等研究計画局が主催する災害対応ロボットの協議会では、数千万円もするロボットが成人男性が5分で終えるような作業を40分もかけて行い、数億円の賞金をもらっています。明らかに人間が行った方がコストが安い作業は、現在も存在しているのです。

特に、人間が直接触れるインターフェースに当たる部分では、人間を用いた方が効率がよい場面は数多くあり、これは今後も不変かもしれません。

・人間とコンピューターの決定的な違いはモチベーションやビジョンがそこにあるかどうかだと思います。ここでいうビジョンとは、個人的なフェティシズムに基づく批判的な視野のことで、個人的な経験や身体制に基づく視座のことです。難しそうな言葉を使っていますが、一言で言えば、人生経験を通じて僕たちに生まれるこだわりのことです。


・僕はこの世界から21世紀中になくしたいものが三つあります。それは「ゲート」、もう一つは「重力」、そして最後は「繋ぎ目」です。(中略)

「ゲート」とはホワイトカラーの社会に規定された、一種の「改札装置」のことです。例えば、お店のレジだとか、電車の改札だとか、銀行の窓口だとかがそうです。あらゆるものがコンピュータに記録される現在、電車を降りて特定のゲートをくぐって出ていくことや、レジに並んでものを買うのは、本当は無駄なことのように思います。(中略)

自動で課金されて万引きが不可能になればレジは不要です。人間のログを残して電車を降りたときに課金できれば改札を通る必要はありません。(中略)

もう一つのなくしたいものは、重力です。もちろん、この地球上から重力をなくすと言ってるわけではありません。そうではなくて、我々の思考のフレームワークの中にある、多くの重力に起因するものを取り除きたいのです。

例えば、私たちは誰かと会話するときに、テーブルに座ることで視線を合わせて会話をしようとします。(中略)

もし人間が3次元空間を自在に移動できるようになったら、こういう私たちが当たり前だと思っている構造物の制約は必要なくなり、ビジュアルも大きく変わるはずなのです。(中略)

そして最後の1つは、繋ぎ目です。生物には、ほとんど繋ぎ目がありません。それなのに、世の中の人工物の多くが材質的な、形状的な繋ぎ目を持っています。それは工業的な生産過程を経て世に出てくることの必然でもあります。この制約もまた、我々の思考を縛っているのではないでしょうか。


●書籍『魔法の世紀』より
落合 陽一 (著)
出版社: PLANETS (2015年11月初版)
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