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佐藤 竜一 氏(書籍『宮澤賢治あるサラリーマンの生と死』より)

このページは、書籍『宮澤賢治あるサラリーマンの生と死(佐藤 竜一 著)』から、良かったこと、共感したこと、気づいたことなどを取り上げ紹介しています。


・賢治が晩年、心を込めて取り組んだのが東北磁石工場の仕事である。技研兼セールスマンとして、賢治は奮闘した。


・洋書や文具の輸入販売商社として発展を遂げ、現在も大書店として名を馳せている丸善だが、賢治とは縁が深い。一八六九(明治二)年、福澤諭吉に師事した早矢仕有的が貿易振興を目的に、丸屋商社を横浜に創立したのが丸善の発祥である。


・「雪渡り」は翌一九二二年一月と、二回に分けて同誌(※『愛国婦人』のこと)に掲載され、賢治は原稿料として五円受け取った。(中略)これが生前受け取った唯一の原稿料となった。


・花巻農学校の教師をしていた賢治は、月給一〇〇円くらいもらっていた。この述懐推測すると、製本代を含めた自費出版費用は四〇〇円から五〇〇円くらいか。およそ月給四か月くらいの費用がかかったことになる。


・賢治の作品は現在、海外でも広く読まれている。日本を代表する有名作家のひとりである。だが、生前は無名に近かった。原稿料をもらったことは一度しかなかった。そんな賢治だから、自身を職業作家として意識したことはなかったはずだ。


●書籍『宮澤賢治あるサラリーマンの生と死』より
佐藤 竜一 著
集英社 (2008年9月初版)
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