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わぐり たかし 氏(書籍『地団駄は島根で踏め』より)

このページは、書籍『地団駄は島根で踏め(わぐり たかし 著)』から、良かったこと、共感したこと、気づいたことなどを取り上げ紹介しています。


・語源遺産とは、ふだん日常会話でなにげなく使っている言葉の「語源」にゆかりのある「場所や地域」のことをいう。ある言葉が生まれたり、広く知られるきっかけとなった土地の「習俗」や「祭祀」、「伝説」だったり、ときには、その土地の「人」や「モノ」、はたまたそこで起きた「事件」を指すこともある。

いずれにしても、言葉の語源が、ある特定の土地と結びついているケースは、探すと意外にあるものだ。

いくつか例をあげてみよう。

「急がば回れ」(滋賀県・草津市)
「ごたごた」(神奈川県・鎌倉市)
「らちがあかない」(京都府・京都市北区)
「ひとりずもう」(愛媛県・今治市大三島町)


・現在確認できている語源遺産は、国内だけで一四七カ所ある。


・「急がば回れ」というありがたい言葉が誕生した歴史的な場所がある。東海道五十三次、お江戸日本橋から五十二番目。草津宿の界隈だ。そこでは、急いで近道をいくのか、それとも時間はよけいにかかっても回り道をするのか、江戸から京都へ向かう旅人は、AかBかの選択に迫られたという。(中略)

風向きによって船は進路をはばまれ、なかなか対岸の大津まで着くことができないばかりか、運が悪ければ、荒れ狂う風に船がもてあそばれ、あわれ湖底に沈むことになる。こうなるとまさに命がけの近道だ。(中略)

天候まかせの船を使う一か八かの危険な近道より、街道をてくてく歩いていったほうが間違えない。たとえ遠回りでも、草津宿の先にある、琵琶湖から流れ出る瀬田川にかかる橋(瀬田の唐橋)を渡って、ぐるっと琵琶湖をまわっていくほうが安全で確実だ、詠んでいる。


・語源ハンターは、観光地だからその地を訪れるわけではない。そこが、誰もが知っている言葉の発祥の地だからこそ足を運ぶ。「語源」というテーマを持って歩くと、なにげない日本の風景がまったくちがって見えてくる。それが醍醐味だ。


・あこぎ 三重県

しつこく、ずうずうしいこと。義理人情に欠くあくどいこと。特に、無慈悲に金品をむさぼること。(大辞泉)

(中略)

平治の地元では、「あこぎ」という言葉は、欲が深く図々しいことを意味するのに積極的に使われたりしない。それどころか逆に、母親思いでやさしい平治という人間がこの地にいたことを誇りに思う、そんな親孝行のシンボルのような言葉だったのだ。


・四天王寺で「縁の下」を語るのに、「金剛組」に触れないわけにいかない。(中略)たとえば、日本武道館に入口になっている旧江戸城の田安門を復元したのも金剛組だ。


・日本全国、祭りの数は年間約三〇万。(中略)単純計算すると、一日あたり八〇〇以上の祭りが、日本のどこかで行われている勘定になる。これは、神社本庁が調査員二五〇〇人を投入、五年の歳月をかけて実施した「全国神社祭祀祭礼総合調査」による数字だ。


・うやむや 秋田県・山形県

あるかないか、はっきりしないこと。転じて、いいかげんなこと。曖昧なこと。(中略)

三崎山の三崎峠に、「うやむや」の語源遺産「有耶無耶の関」がある。

「うやむや」は、漢字で書くと「有耶無耶」だ。「有や(あるのか?)」、それとも「無や(ないのか?)」。つまり、あるかないかを問うが、はっきりしない状態をいう。


・最近は「すごいっ!」「おいしい!」という意味で使われている「やばい」の語源遺産は、中央区小伝馬町にある江戸時代の牢屋敷跡だ。「厄場」と呼ばれていた。

(中略)

「やばい」の語源はもう一つ、江戸時代、盛り場で人気だった射的専門の遊技場「矢場」からという説もある。(中略)こちらの説をとると、語源遺産は、矢場が盛んだった浅草寺や神田明神のあたりということになる。


・「くだらない」の語源遺産は、中央区新川だ。江戸時代、上方から船で下ってくる灘や伏見の質のいい上等な酒を「くだり(下り)酒」と呼んで珍重した。それに対して江戸近郊の酒は、「くだり酒」ではないので、「くだらない(下らない)酒」だ。そこから転じて、グレードの落ちる安モノ、取るに足らないつまらないモノやコトを「くだらない」というようになった。


●書籍『地団駄は島根で踏め』より
わぐり たかし 著
光文社 (2009年3月初版)
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●ここからは、読売新聞 (金曜夕刊) 連載コラム 「語源ハンター」2011年2月4日より


  【 トロ 】


東京、日本橋高島屋のすぐ横に、吉野鮨本店がある。創業明治12年。銀座あたりの店と比べると驚くほど安くて旨い。(中略)そう、この店こそが「トロ」の語源遺産である。

マグロの脂身はかつて「アブ」と呼ばれていた。脂の多い部分を「大アブ」、少ないところは「中アブ」だ。それが「トロ」と呼ばれるようになったのは、大正7、8年頃のこと。(中略)

常連の三井物産社員が同僚と店を訪れた。まだ呼び名がなかったため、「霜降りのところ」とか「脂っこいところ」と注文してみるが、ややこしい。そこで、「口に入れるとトロッとするから」という理由で新名称「トロ」に決定。さらに、脂の多い部分は「大トロ」、中ぐらいのところは「中トロ」とその場で即座に決まったという。


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●読売新聞 (金曜夕刊) 連載コラム 「語源ハンター」2010年10月22日より


  【 オムライス 】


大阪難波の交差点から西へ10分ほど歩いたところに、汐見橋がある。かつてこの橋の南詰めにあった人気の西洋料理店「パンヤの食堂」で、「オムライス」という料理とその名前が誕生した。(中略)

常連の中に、少し胃の悪い雨具屋さんの小高さん(最近の調査でフルネームが小高久之進と判明。現在追跡中)という方がいて、いつもオムレツとライスを食べていた。そこで、店主が工夫して、トマトケチャップを薄焼き卵で包んで出したところ・・・・・・「旨いやんこれ、なんちゅう料理やねん?」「オムレツとライスやさかい、『オムライス』とでもしとこか」

パンヤの食堂は、その後、次々と出店し、全店で1日に3万人もの客が詰めかけるほどの大成功。のちに「北極星」と店名を変え、現在はオムライス専門店として営業している。