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高橋 雅延 氏 書籍『変えてみよう! 記憶とのつきあいかた』(岩波書店 刊)より

このウェブサイトにおけるページは、書籍『変えてみよう! 記憶とのつきあいかた』(高橋 雅延 著、岩波書店 刊)を読んで良かったこと、共感したこと、気づいたこと、こんな視点もあるといった点などを取り上げ紹介しています。


・人間の記憶とは不思議なものだ。(中略)

しかもやっかいなことに、覚えているか忘れているかという二者択一ではなく、自分でも気づかないうちに、部分的に省略され、修正され、記憶そのものが変化してしまうこともあるのだ。


・脳は左脳と右脳に分かれ、それぞれ反対側の身体の動きをつかさどっている。だから、身体の右側に麻痺が起こるのは、反対側の左脳にダメージを受けたからだと考えられるのだ。


・実は、記憶喪失にはもう一つあるのである。「自分の過去の記憶は残っていても、新しい記憶の積み重ねができない」という、いわば記憶「力」喪失とでも呼べるものだ。


・カメラのフラッシュのように(中略)

突発的に起こったショッキングな事件や事故を知ったときに、自分がどこで何をしていたのかという記憶は、たいてい鮮明に覚えてるものだ。よく誤解されるが、ここで言う記憶とは、ショッキングなできごとそのものの記憶ではなく、それを知ったときの自分自身についての記憶のことである。


・意味づけこそが記憶の秘訣であるということは、並外れた「記憶力」を示す人の工夫からもうかがい知ることができる。


・知識が増えれば増えるほど、新たな事柄の意味づけがより多面的にできるようになり、知識に加わりやすくなる。よい循環が生まれるわけだ。逆に知識が乏しければ、新しい事柄も記憶に残らず、いつまでも知識は貧弱なままという悪循環に陥ってしまう。

・たとえば、コップにジュース半分あるようすをみて「もう半分しかない」と悲観的に考える人と、「まだ半分もある」と楽観的に考える人がいる。(中略)

悲観的か楽観的かということは、その人の性格の傾向の中心をなすといっていいだろう。


・こんか実話もある。アメリカのメジャーリーグにいたジム・アボットというピッチャーは何と、片腕しかないのにもかかわらず、一九九三年、ヒットを一本も許さないというノーヒットノーランを達成した。普通なら、片腕しかないという時点で野球を諦めてしまうところだろうが、彼は違った。「まだ片腕があるのだから」と野球を続けて、このような偉業を達成したのだ。


・記憶そのものは消せなくとも、その辛さを和らげることが可能だ。(中略)

もっともよい方法は、その記憶の意味づけを変えることだろう。


・先入観がちがうことで、まったく異なった解釈をされてしまったのである。


・「いつどこで」の記憶はあやしい

記憶のゆがみには、その記憶そのものは正しいのだが、それを別の記憶と取りちがえてしまうということもある。


・どうも私たちは、できごとそのものはしっかり覚えていても、いつどこで起こったかということは、あまり正確には覚えていないようだ。


・記憶のゆがみを少なくするには、二つのステップが必要だ。一番目のステップは、何よりもまず、記憶がゆがむものだということをしっかりと認識することだ。(中略)

それができた上での二番目のステップは、自分の記憶であっても、他人の記憶のように、突き放して、客観的にみつめてみることだ。


・夏目漱石はイギリス留学で英語の通じないという惨めな体験から、下宿でひたすら本を読むことによって、知識を蓄積し、思索を深め、のちには大作家という地位を築きあげた。

心理学に、逃避と昇華ということばがある。逃避とは、目の前の状況から、何もせずに逃げてしまうこと。これに対して昇華とは、その状況を別の形の価値あるものに変えるということだ。漱石は逃げたのではなく、それを価値あるものに昇華したのだ。


・自分の印象に残った高校時代の思い出を披露させることにしている。どういうできごとが記憶に残っているかは、一章で述べたように、その人のことを知るのに一番いいからだ。


・幸い、くも膜下出血の後遺症は何もありませんが、それまでは「基本的に服従」だった妻への姿勢が、退院後は「絶対服従」に変わったことが唯一の後遺症です

✳︎著者略歴より抜粋


●書籍『変えてみよう! 記憶とのつきあいかた』より
高橋 雅延 (著)
出版社: 岩波書店 (2011年4月初版)
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