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木原 武一 氏 書籍『名作はなぜ生まれたか~文豪たちの生涯を読む』(PHP研究所 刊)より

このウェブサイトにおけるページは、書籍『名作はなぜ生まれたか~文豪たちの生涯を読む』(木原 武一 著、PHP研究所 刊)を読んで良かったこと、共感したこと、気づいたこと、こんな視点もあるといった点などを取り上げ紹介しています。


・まだ読んでいない名作には知らない自分の姿が描かれているのかもれないと思うのは、たいへん楽しい想像です。


・バルザックが生涯に手がけたもののなかでただひとつ成功したのは小説のみであった。

※バルザック フランスの作家。


・アンデルセン(中略)日本でも明治時代から『裸の王様』『みにくいアヒルの子』『赤い靴』『人魚姫』などが紹介され、人気を集めた。生涯を通して独身だった。


・アンデルセン十一歳のとき父親が世を去り、母親は洗濯女として働くことになったが、彼女にとって貧乏暮らしはいわば母親ゆずりだった。文字も読めない女で、物ごい同然の生活をしていたことがあった彼女は、その思い出をアンデルセンによく話してきかせたものだった


・なにごとにつけ、こんなことは自分にはできないと思うより、自分には何でもできると思いこむほうがいいにきまっている。アンデルセンも、そういうよい心の習慣の持ち主であった。


・アンデルセン(中略)三十歳ときにはじめて出版した童話集はあまり評判がよくなく、一時は、童話の執筆を断念したほどだった。生涯に約百五十六編の童話を書いているが、童話作家として自分の才能を確信するようになるのはだいぶ後のことであって、童話のほかにたくさんの小説や戯曲、旅行記なども書かずにいられなかったのは、いつも心をおびやかす生活の不安のためである。


・いまや、アンデルセンが世界的作家であった。しかし、彼は意地悪な地元の新聞に少しばかり批判されただけでたちまち絶望に沈み、そうかと思うと、ちょっとほめられただけで有頂天になるといった男であった。他人の好意に甘え、自分を売り込むのが上手で、不思議に人をひきつけるところがあったが、どこか男らしい毅然としたところには欠けていた。


・アンデルセン(中略)彼は生涯に何回か心を燃やす恋をしたが、いずれも片思いに終わり、独身を強いられた。


・アンデルセン(中略)彼は生きているあいだは自分の望む愛を得ることができなかったが、いまではその作品は世界中の国の言葉に訳されて多くの人に愛読されている。


・ドストエフスキー

ロシアの作家。(中略)『罪と罰』をはじめとする大作家が生まれた。


・ロシアの作家フョドル・ミハイロヴィッチ・ドストエフスキー(一八二一 ― 八一)の魅力はどこにあるのか。ひとことでいえば、その暗くて熱いところに彼の魅力がある。彼はいわば、闇のなかでぎらぎら燃える火である。


・ドストエフスキー(中略)

こんなふうに被害妄想と自意識過剰が結合した人物が彼の小説にはしばしば登場するが、そういう人間はいつももの想いにふけっていて、周囲の出来事を冷静に受けとめることができない。


・ドストエフスキーほど、人間の暗い面をあばきながらも、だれも持っているはずの熱い心というものを執拗なまでに描こうとして小説家もめずらしいのではなかろうか。


・マーク・トウェインといえば、『トム・ソーヤの冒険』や『王子と乞食』など、少年少女向けの読み物でよく知られているが、彼の最大の傑作は、大人向けの読みものとして書かれた『ハックルベリィ・フィンの冒険』であり、それよりもさらに面白いのが、みずからの生涯の一部始終を語った自伝である。


・マーク・トウェイン(中略)

ミシシッピー河を航行する船の水先案内人となった。ペンネームの・マーク・トウェインは、蒸気船の安全航行水域を意味する、水先案内人の専門用語からきている。


・マーク・トウェイン(中略)

一八七六年に出版された『トム・ソーヤの冒険』はタイプライターが打ち出した最初の小説である。電話もタイプライターもアメリカの新発明であり、技術の面でも、彼は「アメリカン・ドリーム」のよき友だった。


・モーパッサン(中略)フランスの小説家。

モーパッサンの小説の最大のテーマは人間への不信と運命への不振と社会への不信、要するありとあらゆるものへの不信である。


・マーガレット・ミッチェル(中略)

アメリカの小説家。(中略)36歳の時に完成した『風と共に去りぬ』は、出版と同時に爆発的に売れ、1年後には150万部、数年間に30カ国語に翻訳された。


・マーガレット・ミッチェル(中略)

『風と共に去りぬ』(中略)この大作は驚異的に売れ、作者のもとには、電話や訪問者、手紙が殺到した。最初の日に千通以上のファンレターが届けられ、四年間には合計約二万通にも達したという。ところが、なんと、彼女はすべての手紙にいちいち手書きで。それもときには長文の返事を出したというのである。一日で約十四通である。これでは『風と共に去りぬ』の続編など書いている暇はないはずである。


●書籍『名作はなぜ生まれたか~文豪たちの生涯を読む』より
木原 武一 (著)
出版社: PHP研究所 (1997年4月初版)
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